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けんちくラボ

建築、都市、文化についての考察と、実践のための見聞と行動の記録。

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水板倉

矩形(こけい…四角形のこと)で深さ1mの池の中に作られた板倉である。池の中で橋もないため、米泥棒を防ぎ、もし火災にあうようなことがあっても米と味噌、衣類などは残ることになると考えられていた。水と大気、木材の機能をたくみに生かした水板倉は、農家の長い生活の中から生まれ、籾米などの貯蔵用に工夫し尽くされた建造物である。”案内碑からの引用”

現地でみてきたのは次の3棟
現地の人に尋ねたのだが、この3棟の他に現存する水板倉はないものと思われる。
水板倉地域図

 

大神成の水板倉
水板倉(大神成)

この水板倉というのは、冒頭の説明にあるように池の中に造られた板倉で、全国的にみてもその存在は非常に珍く、他に類を見ないのではないだろうか。分布地域については不明だが、持ち主の90歳になるお爺さんは、水を張って往時の面影を残すのはここくらいだろうと言っていた。他に何件か残ってはいるが、モノが溢れ、米を主食としない時代の流れとともに倉の意味が希薄化し、水を張って使う意味が無くなってしまったようだ。現にこの水板倉のみが市の補助を得て、部分補修され歴史的建造物として保存の対象になっている。市の保存建築物なので「水板倉」とネット検索すればこの大神成に現存する水板倉が最初にヒットする。

倉の持主のお爺さん

この板倉の家主のお爺さん
その昔、夏場は農業で、冬場はマタギをして生活していたという。昔の生活スタイルから現在の板倉に至るまでの生活変貌、時代とともに変わる倉の意味など、小一時間ほど貴重な話しを聞かせて貰った。母屋も茅葺きの非常に趣きのある古民家だった(背景の家屋がそれ)

しかし、偶然に見つけた他の水板倉がある。この板倉が建つ大神成地区を十数キロ奥羽山脈沿いに南下した、美郷町羽場周辺に2件の水板倉が現存する。ここは市の補助を受けた保存対象建造物とはなっておらず、全くの個人の私的財産物のようである。岩手県への林道入口(真昼岳林道)を探し、農作業をしていた人に道を聞きつつ、ついでにと思い「水板倉」というのがこの近所にあるって聞いたんですが?と尋ねたところ「あぁ、板倉のこと?」「池に建ってる倉でしょ?」と、偶然にもその場所を教えてくれた。ここでは「水板倉」と頭に「水」付けないで、単純に「板倉」と呼んでいるみたいだ。「水」がそれほど重要ではないということなのか?それとも「板倉」はあたり前に「水」とセットで建てるからなのか?その辺り、後になって気づいたので、その場で掘り下げて聞けなかった。一般通称より、その地域の呼称が意外と重要だったりする。ただひとつ聞けたのが「この辺の倉には水板倉が多いのか?」との問いには、それほど多くはないとの返答だった。 美郷町は水が豊富な土地柄で、土地も豊富にあるので、水を張ること自体は容易だが、倉そのものの維持管理が大変だからか、やはり特別な造りの倉であることには違いないのだろう。そのことが、会話の流れの中で何となく推測できる。しかしなぜそのような、ある意味特別仕様的な倉にする家があったのか?これは調べてみる価値はありそうだ。機能上の問題より、なぜ特別仕様にしたかの意図に、個人的な興味を持った。 分かり易く言うと、普通仕様の車ではなく、特別仕様車を選んだのだ。一般論の見地から、外見的理由がその選択条件だとしたら、建築デザインをやる身の上、それだけですごく面白い理由付けであると感じるのだ。水板倉が建つことで、明らかに違う異質な集落的風景になり得るのだから。

しかし、これはおじさんとのラッキーな出会いだった。多分誰も行かない場所だと思う。ネット上にも出てこない。

仙北郡美郷町の水板倉 その1
水板倉(美郷町)
他の板倉と違い意図的に柱の本数を多くしている。構造的にはここまで柱を多くする必要はない。あえてデザイン的に柱の本数を多くしたのだろう。一般論として、意匠はその地域特性としての表象になるはずであって、決して個々に相違はあまりないものだが、この地域は3棟すべて違う意匠になっている。その家々で意匠に工夫がされているということだから、そういうところも非常に興味深い一因である。

 

仙北郡美郷町の水板倉 その2
水板倉(丸森下)
この板倉は、腰の部分が鉄板葺きになっている。湿気を嫌ってのことだろう。その板金壁のヤレた感じが、風情を醸しだす。日常の風景の中に、明らかに異質と思える構築物。機能と性能を優先したデザインに恣意性のない結果としての風景は、時に美しいと感じることがある。建築と水という構成は、その対象物がプリミティブな要素であればある程、拮抗した緊張感が生まれ易くなるものだ。日常的に扱う建築にもそれが見て取れる良い例である。ただこの板倉の場合総じて水盤が建物外周1mほどの小さなものなので、むしろ周囲の環境との親和性に一役買っているものと思われる。

まさに、建築家なしの建築だった。

 

池に建てた主な理由は、ネズミや泥棒避けとあるようだが、水の媒介が穀物への過度の乾燥を防ぐ調湿作用をおこない、またいかなる季節も一定の温熱環境が保たれると予測されるため、カビや害虫を防ぐといった副次的な機能を水が担っていると思われた。
建築のステキ度:★★★★★
環境との親和性:★★★★★
建築のエコ度合:★★★★★
景観への貢献度:★★★★★
材料の適材適所:★★★★★

東北編   2013/11/11   saruwatari

茅葺き民家 熊谷家

地元、花巻市に建つ茅葺き民家。

熊谷家(花巻).jpg

岩手の民家を代表する千葉家のようなL字型の「南部曲り屋」ではなく、日本民家を代表する一般形式の「直家(すごや)」である。直家ではあるが、きちんと馬屋(マヤ)が同じ棟続きで付属している。一般的に馬屋は別棟で建てられ、廊下で接続するものが多い。ひとつの茅葺き屋根のもとに、人と馬が同居するというプランはこの地域特有のものである。学術的には冬の寒さから馬を守るための手段と云えばそれまでだが、そもそも馬を人と同列に考え大切にした南部人の気質による現れが、そのままプランになったとボクは考える。それは南部人だったからこその住居形式なのだろうと思う。他の地域で馬と人間が同列で暮らすということはあり得ない。何かしらプラン的に隔絶されているものだ。それが当たり前という意識を、人はいつの時代も持っていたはずである。

同じ花巻市で保存されている「伊藤家」も興味深い。一度訪れたことがあるが、その時の写真がみつからないので、近いうちに再訪しようと思う。

東北編   2013/09/29   saruwatari
タグ:民家

とある日の東京 その2

安藤さんのギャラリートーク前に、ぶらりと街をあるいてみた。

スケッチ3

スケッチ4

スケッチ5

国内編   2013/08/13   saruwatari
タグ: , スケッチ , 東京 , TOKYO

とある日の東京で その1

いつだったか、
ギャラリー・間で開催れていた、安藤さんの建築展に行った時のメモ...

あの住吉の長屋の原寸模型が展示され、しかも安藤さんが、ギャラリートークをやるというので足を運んだのだった。

東京紀行メモ その1

目と鼻の先に安藤さん...
鼻の穴、やけにでかいなぁ、とか思いつつ 笑

東京紀行メモ その2

国内編   2013/08/10   saruwatari
タグ:東京 , TOKYO

民家について考える 資料収集

大阪で生まれ、縁あってせっかく岩手の地に根付こうと思っている訳だから、この辺りできちんと岩手の風土というものについて調べたいと思っている。大阪生まれというバックグラウンドだから、県民には無い独自の視点ということを殊更強調し意識することが必要であると自覚して。そして調査しに県外へ出るということもあまりないだろうし、この地域に住みながらといった、ライフワーク的意味合いも多分に含む。

民俗学や文化人類学的な側面については、これまでの大先輩たちの調査研究を参考にし、まずは建築要素としての素材の収集。

建築は芸術性も備え、美しくなければならず、美術・芸術の分野にもカテゴライズされると認識できる。しかし一方で、実用的であり機能的でありかつ費用を意識しなければならず、それらが総合的に超リアルなかたちで出現する、物理的側面も同時に併せ持たなければならない特殊な分野でもある。その美しさとリアルさの意味において、建物を構成する素材は、絶大な影響を与えるものであると考えている。素材ひとつの選択によって、良くもなり悪くもなる。極論を云えば、素材の選択を間違えなければ、建築はある程度成立する。しかし実際にはそこに、光と影が存在し支配している。これが非常に厄介だが...その光と影(闇)についても調査の対象となる。

そこで、岩手を代表する民家を調査し、構成する素材の収集を取っ掛かりに、岩手の風土というものを考えてみたいと思う。考察については、既出の調査資料は五万とあるだろうから、やはり何かしら独自の視点というのもを意識したい。その独自の視点については、感覚的なものと、しっかりと意識した裏付けの取れた根拠との両方でと思っている。

現在、民家の歴史や素材について、既出の書籍を収集中。

岩手の風土と建築   2013/02/04   saruwatari

地域の記号的建築

ゆったりとした大屋根が特徴的である民家。

民家

山村や農村といったこの地域の昔ながらの民家というのは、ある種、地域固有の記号的要素として認識されているものである。「大きな三角屋根」という、その特有のかたちを持つ建築が少ない現代において、特に記号的認識度は高まるのではないだろうか。そしてそれが、地域固有の風景として目に映ることになる。

その容姿にひと際目を引く。屋根の建築と云っても過言ではないくらい、大部分の立面を屋根が占める。雪の多い地域だけに、屋根の軒も温暖な地域に比べると深く、人が立つと頭すれすれの高さも殊更低く感じ、そのプロポーションが独特な雰囲気を醸し出している。残念ながら茅葺きとは違い、現代では鉄板で覆われてしまっているが、雪が積もると往時の面影を思い起こさせてくれる。

風景が変わるサイクルが都会とは全く違い、永続するということを考えれば、地域固有の風景を担う建築として、いつまでもこのまま残ってくれればと願うばかりである。

岩手の風土と建築   2013/01/17   saruwatari

カンボジア バイヨン(アンコール・トム)

アンコールの遺跡群は殆ど回ってみたが、このバイヨンが一番好きな遺跡である。

アンコール・トム(バイヨン)

創建年代:12世紀末 信仰:仏教
アンコール・トムの中心にあり、須弥山を象徴化した建築。古代インドの宇宙観をここに具現化したと云われている。参拝の順路が明快でなく、外光が差し込まない地下の様な空間が多数存在する。灯りを見つけるとそこは仏像が祀られた空間になっていたりと、他のクメール建築にはみられない独特な空間が展開する。

カンボジア3日間の滞在で、毎日ここを通り、そして最後のカンボジアとの別れの日も、トゥクトゥクの兄ちゃんに...

 バイヨンを一周してから飛行場に向かって欲しい!

と頼んだくらいだ。最終日はあいにくスコールの土砂降りだった。雷雲立ち込める中で撮ったショットが、やはりこの旅一番のお気に入り。

スコールに煙るバイヨン

 


 


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カンボジア   2012/12/14   saruwatari

カンボジア シェムリアップの街

2010年の夏に、ベトナムとカンボジアに行った。

アンコールワットの遺跡群とベトナムの都市と世界遺産を巡る旅である。最初にベトナムのホーチミンに入り、そのまま空港で一夜を明かし、早朝の飛行機でカンボジアのシェムリアップに飛ぶ。空港の出口に居た、気の良さそうなバイクタクシーの兄ちゃんを遺跡巡りのドライバーとして3日間雇った。空港を出て暫く走ると、うらぶれたアジアの空気がど〜んと五感に訴えると同時に、ドーパミンがどくどくと流れ興奮の絶頂に達す!!

午後からアンコールワットとトムを少し見てホテルに戻り、夕食にと歩いて街に出る。店の中で食べるより露店で食べたいと思い、あちこち歩き回るが見当がつかず、そういう時は地元のドライバーに聞けということで、トゥクトゥクに乗込み「ウマイメシ屋に連れてけ!」と行った先がここ。露店はあちこちにある訳ではなく、あるまとまりでひと区画を形成している。欧米人観光客が多いせいか、西洋風の洒落た店もあるが、なんでカンボジアまで来てソンなところを目指すのか理解に苦しむ。

カンボジア シェムリアップでの夕食風景

すごいザックリな雰囲気が何ともアジアらしい。アジアの混沌とした雰囲気とマッチしている。雨がザンザン振る中で(いわゆるスコールというやつ)食事をし、雨も止んだので、そのまま歩いてホテルに戻る。街灯がないので、真っ暗闇...イテっ(汗

さるわたり

 


 


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カンボジア   2012/12/14   saruwatari
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松尾鉱山跡地(廃墟建築)

松尾鉱山跡地、廃墟建築群。

松尾鉱山跡地廃墟建築群
紅葉の時季に八幡平に訪れた時にスケッチしたもの。
周囲の紅葉と、コンクリートの乾いた灰色が相まって絵になる風景だった。

 

硫黄の採掘で栄えた標高約900mの鉱山都市。町から隔絶された場所にあるため、自ずと生活の一部始終がここで完結されていた。公団住宅が一般化される以前に、セントラルヒーティング、水洗トイレが完備された鉄筋コンクリート造による当時としては先進的な集合住宅が建てられ、病院、学校、娯楽施設を併設し、ひとつの都市を形成していた。

別名「雲上の楽園」と呼ばれた。

1910年頃から徐々に人口が増え、1960年の最盛期には1万3594人にも達したという。しかし硫黄の需要がなくなるとともに鉱山は衰退して行き、1972年に完全閉山した。

一旦繁栄をみせた都市の、その末路にある廃墟建築。だから、散乱したガラスの破片や生活品、床のシミ、壁の落書きのひとつひとつに、当時の人々の生活を勝手な想像で満たしてしまう。それら朽ちたモノや空間に人々の感情が封印されていて、それらを自分の解釈で読み取ってしまうと云ったらよいか。時に喜び、時に怒り、悲しみ...生々しい生活を敏感に肌で感じてしまい、その場に居られなくなってしまう。だったら行かなきゃ良いと思うが、廃墟建築には相応の美しさを持ち合わせているということを知っている。

コンクリート建築が朽ちる光景というのは、木造建築よりはなにかしら明るいイメージを持てるが、生活した明らかな痕跡を感じる建築は、どちらかというと暗く陰湿に思える。同じコンクリート建築でも、朽ちた「風の教会」を柵越えして見て来たが(汗)生活の為の建築ではないので、奇麗な風化の佇まいをみせてくれていた。使用されていた当時より、むしろ美しいとさえ思ったほどである。

がしかし、この廃墟建築を遠目に見る機会はあっても、中に入ってみようとはもう思わない。風化の姿を風景として、ただ見守るだけに留めたい。

さるわたり

 


 


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岩手の風土と建築   2012/12/04   saruwatari

次回建築と都市の旅

次回建築の旅は、インドのチャンディーガル、アフマダーバードのコルブ作品と階段井戸、バングラデシュ(ダッカ)のカーン、さらに少し足を延ばしてネパールの都市を見て来ようと思っている。モロッコはその次で、最初にスペインのマドリッドに降り、アンダルシア地方から陸路と航路で入ろうかと思っている。

ロンリープラネット

旅の計画   2012/07/14   saruwatari
タグ:旅の計画
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    これまでの竣工物件と現在計画中の物件、コンペ等の作品を実績として一挙にまとめました。

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